PBW『エンドブレイカー!』シゾー・フイユ(c04150)の忘備録
短くした髪が耳をくすぐる感触はひどく懐かしく感じる。
自分が悪い訳でもない。
誰かが悪いことをしたわけでも無い。
だから責任を感じてしまうのはきっと、言われたようにお門違いで、ただの自分のわがままで。
自己満足、なのだろう。これは。
それでも。
見慣れていた巨大な斧が無くなり、まるでバラバラに崩されたような積み木のような街を見てざっと血の気が引いた。
焦る気持ちを押し込めてまず酒場で仮面付きの残党の話を聞いて退治へと向かって。
それから実家の場所へとただ駆けた。
奇跡的に被害の少ないもの。
まだかろうじて建っているもの。
全部つぶれてしまったもの。
走る中目にするものの中でも、やはり圧倒的に多いのは3つ目だ。
目印にしていた近所の屋根の色も看板も全部見る影もない。
壊れてしまった街の道筋だけを記憶頼りにただ進む。
息が切れる、肺が痛い、心臓が早鐘のように打つ。
縺れそうになる足を動かして、そして。
ようやく辿り着いた家は、半ば覚悟を決めていたとおりに、グシャリ、と潰れてしまっていた。
足から、ふっと力が抜けそうになるのをこらえて落ちている看板を見やる。
正面口の上にあったはずの鋏がモチーフの金属でできた頑丈なそれ。
落ちた時の衝撃か、取っ手の部分がぐにゃりと曲がってしまっていた。
建物自体も潰れて煤け、青い屋根の一部がいくつも落ちている。
分厚い木製の扉は割れて外れ、落ちてきた屋根に押しつぶされていて。
中は覗かなくとも分る。
だって3階あった建築物が1階分になっているのだから。
どうして。
なんで。
知らせを聞いた時からずっと思っていた言葉がぐるぐると頭を回る。
動かなければ。
みんなを探さなきゃいけない。
どこへ?
このあたりの避難場所は。
いや、避難場所ももう駄目なのかもしれない。
まだ分からない。
行かなきゃ。
家族がいる場所を探さないと。
でもどこへいけば。
焦りだけが滲み出てきては止まらない中、視界の端に白い紙きれが目に入った。
薄汚れてはいない、まだ新しい小さなメモ。
ひしゃげた窓枠の端に、目立たぬように、それでも確かに後から挟み込んだであろう形で。
震える手でそれを取りだす。
そこには見慣れた文字で短い走り書きが一つ、青いインクで記されていた。
── 北西 領主の別館 ──
その言葉を読み込むのと同時に。
もう少女は走りだしていた。
この辺りの領主の別館は中層の中でもすこし離れた位置にある。
時々静かに過ごしたい、というために何代目か前の領主が建てたそこは、普段は最低限の人しかおらず、ひどく穏やかな時間が流れる場所だった。
しかし今は多くの避難民であふれてひどく騒がしい。
防犯のために入口を固める城砦騎士に先ほどのメモを見せて説明し、中へと入れてもらう。
疲れた表情をした人がたくさんいる屋敷内を必死に探し回る。
見知った顔はいないか。
このメモが自分宛なのだとしたら残すのは家族か、知り合いか。
いなくならないで、なんて先に死にかけた自分が言える台詞ではないけれど。
いくつめかの部屋を確認して、廊下の角を曲がったときに人にぶつかりそうになって慌てて止まる。
ごめんなさいと謝ろうと顔を上げて目を見開く。
「お、じいちゃ、ん…!!」
見知った姿、会いたかった家族。
特に変わった様子も見せず、両手に荷物を持って笑う祖父を見て、どっと力が抜ける。
「おや、小さいのじゃないか」
どうかしたか? と笑う姿にどうかしたかじゃないっすよ、と返そうにもなかなか口は言葉を紡げない。
ぱくぱくと口を開閉させるだけの孫を祖父は面白い物を見つけたかのように覗き込み、おいで、と手招きをする。
「大丈夫、みんな無事だよ、小さいの。走って疲れただろう? みんなの所に案内しよう」
連れてこられた先は屋敷の一角、広い部屋のまたその隅だった。
沢山の避難者に混ざって家族はいた、全員無事で。
「し、心配、した…!」
1人ずつの安否を確認してから、肺からようやっと言葉を吐きだすように呟いて床へと座りこんだ少女を見て、快活に祖父は笑う。
「何、お前より儂らの方がずうっと長いこと危険を見てきたんだ。簡単に何かを失うことは無いさ」
頼もしい、その言葉に安堵していると後ろからわしっと頭を乱雑に撫でられる。
しかも複数から。
「ちょ、何す」
「いっちょまえにあたし達の心配をしたのね小さいの」
「僕らは頼りないけれど、お前に心配される程でもないよ」
「むしろ小さいののことをみんないつも心配してるよ、元気にしてるかなって」
暖かい言葉にぐっと唇を噛んで下を向く。
じわりじわりと広がる安堵と暖かさに、泣きそうになるのをぐっと我慢するせいで頭が痛くなる。
それでも皆の無事を考えれば些細なことだ。
よかった。
本当に、よかった。
「じゃあ私はそろそろ配達の仕事してくるわ」
そすいてしばらくの間だ、久しい再会を全員で味わっていた中。ふいに姉がそう呟く。
思わずぎょっとして見上げると、自分よりも少し茶色がかった瞳にぶつかる。
「私達の仕事は運ぶことでしょ? ただでさえ今、人手が足りないんだからさ出来ることを頑張るべきだと思うわけよ」
姉が勝ち気に言う。
それから目線をあわせるようにしゃがんで優しくシゾーの頭を撫でた。
「だからアンタも頑張りなさい。私達の代わりに街をこんなにした人をやっつけちゃってよ、アンタは闘う力持ってるんだからさ」
頼りにしてるわよ! と明るく笑ったその顔につられる様にシゾーはようやく安心して笑う。
まかせてっすよ!と力強い言葉を添えて。
「ああ、そういえば髪伸ばしてたわね」
似合ってるじゃない。
そう告げられたその言葉が、何故だか、ひどく。
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